福岡橋右岸の朽ち果てたこの社は、明治11年(1878)に舟運の守護神として祀られ特に船頭の信仰が厚かった様です。御神体は天狗の面で、大正時代までは9月の祭礼は舟神楽、芝居などで大変賑わったそうです。片隅の奉納写真は豊年を祝うのか、この地域が肥沃であったことを物語っています。また、鳥居の脇にこの地で生まれた俳人梅年の句碑がありました。(資料提供 上福岡歴史民俗資料館) 2006年6月30日